ソーシャルストーカー in 埼玉

ソーシャルストーカーを撲滅し、何人も不当に自由を拘束されたり、侵害されたりしないようにするために、このブログを立ち上げました。このサイトはリンクフリーです。


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明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。


去年の大晦日の話なのですが、

映画の券が大晦日の日に期限切れになることが分かり、

大晦日の晩に映画に行きました。

映画館の周辺にはソーシャルストーカーの参加者がチラホラいて、

どれもうらみがましい目で私のことを見ていました。


以前はソーシャルストーカーの限界を調べるために

このような時にワザと出かけたりしていましたが、

ある程度分かってしまったので最近はそういうことはしていません。

ただただ映画を楽しむために行きました。


ちなみに映画館はガラ空きで貸し切り状態。

今まで色々な貸し切り状態を体験してきましたが、さすがに映画館は初めて。

映画を楽しんだとともに、とても面白い体験をしました。



■去年は色々なことを再認識した年

去年の話が出たので、いきなりですが去年のことを振り返りたいと思います。

去年はどんな年だったか、一言で言えば、色々なことを再認識した年でした。

ではどんなことを再認識したのかというと以下の通り。


①被害者コミュニティにはリクルーターがいる

まず第一に再認識したのがこれ。

被害者コミュニティには新興宗教団体、政治団体等のリクルーターがチラホラいる

ということです。

このことについてはかなり前から思っていましたが、去年はこのことについて再認識しました。


デモや市民運動に出ると新興宗教団体等のリクルーターと遭遇すると言われますから、

ソーシャルストーカーの場合も例外ではありません。

だいたいリクルーターの人は他の被害者さんより丁寧な扱いを受けますから、

この人はそうかなと思うときもありますが、そういった人が身分を明かすことは絶対にありません。

ただ身分を明かした方がトラブルにならずに済むのではないかと思います。



②周知活動ではストーカーはなくならない

周知活動をすればソーシャルストーカーがなくなるかというと、必ずしもそうではないようです。

周知活動が全く効果がないという訳ではないのですが、街宣に出れば、ポスティングをすれば、

自身を取り巻くソーシャルストーカーが雲散霧消するかというと、そんなことは絶対にないです。


自身を取り巻くソーシャルストーカーを雲散霧消させたいのであれば、

反社会的集団である暴力団や危険なカルト宗教に入るのが一番でしょう。

暴力を振うことも厭わない人をストーカーすることは自分の命を危険にさらしますから、

公安警察でもない限り、そんな人たちを監視することはできません。

ただ、この方法は現実的な方法とは言えません。


もう一つは、極左、極右などの政治的団体、集団に入ることだと思います。

ソーシャルストーカーに参加している連中は自分たちより立場の強い人には手出しができません。

だから、こういった団体や集団に入ればソーシャルストーカーがなくなると思います。

ただし、この場合も警察や公安の監視下に入ると思います。



③利用しやすいからやられる

そういう意味では普通に働く派遣社員である私のような人間は一番やりやすいかもしれません。

危険人物の集団の構成員でもなく、政治的強硬論を主張する人たちの集団にも入っていない・・。

薬物中毒でヘタに接触すると殺されかねないような人物でもないし、

精神的な疾患を抱えていることで暴力を振っても責任を問われないような人物でもありません。


毎日普通に働きに行っている普通の人間、一番やりやすい相手でしょう。

しかし、一般社会人だからといって必ずしも皆がターゲットになっている訳でもありません。


その違いは何なのか、なぜソーシャルストーカーされるのか?、され続けるのか?・・・

その理由は人によって様々だと思いますが、私はこれが一番の理由だと思います。


それは利用しやすいから。

ソーシャルストーカーのターゲットにするにはちょうどいい立場の人間、

感化されやすかったり、誘導しやすかったりして利用しやすい人間、

こんな要素があるからストーカーのターゲットになるのではないでしょうか。


なので、利用されない、利用しにくい人間になれば、

自動的にターゲットから外れるようになると思います。

そういう観点からすると、

周知活動をして騒ぐような人間はターゲットにはしにくい人間です。

ただし、騒ぎ方を工夫しないといけないと思いますが。



■今年はどんな年にしたいか?

去年のことを考えたので、せっかくですから

今年はどんな年にしたいのか?、どんなことを考えて行くのか?

ということについても考えてみました。


①生活の再建

何だか政権公約みたいな目標ですが(笑)、

今年も引き続き「生活の再建」を心がけていきたいと思います。

ソーシャルストーカーの被害者、周知活動も大切だけど、

社会生活はもっと大切なのではないだろうか?・・それが私の考えです。
(当たり前と言えば当たり前の考えですが・・・)


仕事を続けて経済面で充実させるだけでなく、

人間関係を広げ、精神面でも充実させていきたいと考えてます。

特に人間関係については、周辺の人を大切にし、かといっていいように利用されないようにし、

うまいことやっていきたいと思っています。


②普通の人との人間関係

私は別に人を避けている訳ではなく、カルトな人を避けてるだけなのに、

なぜか人を避けていると言われてきました。

新興宗教の話なんかしたくないし、仕事に関係ない政治の話なんかにも興味はないです。

付き合い程度で話に乗ることはありますが、私自身は好きではありません。

ですから、普通の人との交流まで避けてる訳ではありません。

今年は「カルトな人でない普通の人との人間関係」を広げていきたいと思ってます。



③ネット中心のつき合いはしない

テクノロジー被害者の方で時折ツイッターで問いかけをしてくれる方がいます。

先日も本を紹介していただいたようです。

この方は時折私のブログを皆さんに紹介して下さったりして、とても親切そうな方です。

(ツイッターやブログでご紹介いただいたことに関して)感謝もしております。

ただ、申し訳ありませんが、

直接会ったことのない方とは原則ネット上でのやりとりはしておりません。

なぜなら、ネットを中心としたやり取りはトラブルの温床だからです。

直接会わない環境というのは色々と誤解が生じやすいだけでなく、

色々な工作がしやすい環境でもあります。

過去にそういうのを沢山見てきておりますので、私はいたしません。



④テクノロジー犯罪は全く分かりません

不思議なことがあったらそれは裏に何かトリックがあるはず・・・

私はそう考える人間です。

なので、テクノロジー犯罪については全く分かりませんし、興味を持っていません。


実は私は正夢をよく見るので不思議なことに興味を持った時期があります。

ただし、そういったものを見るのは何かシステム的なものがあるはず、何かトリックがあるはず・・

というスタンスから研究をしていました。


つまり、不思議なこと、超常的なことが絶対に存在するはずというスタンスではなく、

不思議に見えることでもそれを実現するシステムがあってそれを解明する、

もしくはそういったものはなく単なるインチキである、

ということを明らかにするというスタンスです。


こういうスタンスですので、

テクノロジー犯罪については全く分かりませんし、興味を持てません。

テクノロジー犯罪の被害者の方と話をしてもトラブルになるだけなのが目に見えていますので、

特にその方面で人脈を広げて行くつもりもありません。


テクノロジー被害者の方で私に問いかけをしたり、アクセスを試みる方がいますが、

私は自身の考え方やスタンスから、交流をしてもトラブルに発展することが目に見えてますので、

交流をしていません。


考え方や認識が大きく異なると、交流はうまくいかないものです。

一時的には交流が成立するかもしれませんが、結局はトラブルに発展して終わります。

そういう実例は世の中に一杯あるではありませんか。

一時的な感情だけで人を見ないで、そんな目で見るともう少し違った景色が見えるかもしれません。



⑤普通に生きて行きます

南の島を一島所有するくらいでなければ金持ちを目指す意味はない・・

私はそう思っています。

それはイメージしてみれば分かると思います。

社長になりたい、起業したいという人とチラホラ会いますが、

なぜ社長になりたいのだろう、起業したいのだろう。

その先に何を得ることを目的としているのだろうと思います。

中途半端な金持ちを目指しても余計なストレスを抱えるだけではないかと。

それがその人の生きがいならいいのでしょうが、

そうでないなら普通に生きた方がいいのではないか?

私はそう考えます。





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プロフィール

たなかまる

Author:たなかまる
ソーシャルストーキングの被害者です。春日部市在住。様々なテストの結果で確認できた現実のソーシャルストーカー(集団ストーカー)と嫌がらせを扱っており、思考盗聴等の奇想天外なテクノロジー犯罪や都市伝説的なものは扱っておりません。ちなみに、自分の目で見て、耳で聞き、足で歩いて実際のものを確認すること、現実・常識・良心を大切にすることがモットーです。