ソーシャルストーカー in 埼玉

ソーシャルストーカーを撲滅し、何人も不当に自由を拘束されたり、侵害されたりしないようにするために、このブログを立ち上げました。このサイトはリンクフリーです。

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先週辺りから執拗な付き纏いが増えたとか、変質者が増えたと報告している被害者の方が増えているようでした。私もそういえば変質者が増えたなぁと感じてはいたのですが、こういったことから加害側に何か困ったことでもあったのかと思っていました。

しかし、やはりあったようです。加害側に困ったことが。他の被害者の方のサイトをたまたま見ていたところ、日経新聞のインターネットサイトに初めて「集団ストーカー」の言葉が使われたそうです。

私も日経のサイトを調べてその記事が掲載されていたことを確認しました。ちなみに、この記事の情報源は共同通信で、他紙にも提供されているようです。以下の記事はその引用です。


■マツダ工場無差別殺傷事件、公判前整理手続きめどたたず

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12人が死傷した昨年6月の広島・マツダ工場無差別殺傷事件は、殺人などの罪に問われた引寺利明被告(43)の起訴から4カ月がたったが、公判前整理手続きのめどがたたない。争点をめぐる意見の違いから、引寺被告と弁護団の調整が長引いており、被害者家族からは不満の声も上がる。

 公判前整理手続きは争点や証拠を絞り込み刑事裁判を迅速化するのが目的で、最高検は「起訴後、半年以内に完了させることが望ましい」としている。最高裁によると、2009年5~12月に審理された否認事件は起訴から手続きの終了までの平均が3カ月余りだ。

 これまで引寺被告の弁護団は、心神喪失で責任能力がないとして、無罪を主張する方針を表明。殺意も否定してきた。

 一方、引寺被告は広島拘置所で取材に「責任能力を争うかは検討中」と話した。犯行の動機について「マツダで複数の従業員に嫌がらせ(集団ストーカー行為)を受けたこと」を挙げ、殺意については「なかったとは言えない」と述べている。

 両者の意見の違いについて、弁護団の久保豊年弁護士は「責任能力の欠如は被告も納得している。殺意の有無はこれから被告と打ち合わせる」と説明。「(公判前整理手続きが)遅れているという認識はない。年内に終了すればいい」として、時間をかけて引寺被告との調整を進める方針だ。

 こうした弁護側の状況に、被害者の家族は「手続きが長引けば、事件のことなどを考えてしまう時間が増えるだけ」と不満を漏らしている。

----------------------------引用終了----------------------------

ご存知のように、海外では集団ストーカーに関する報道がされていますが、国内ではほとんどされていない状況です。しかし、このように「集団ストーカー」の言葉が報道で初めて使用され、集団ストーカーの実施側は焦っているのかもしれません。必死に隠蔽してきたとされている集団ストーカー犯罪が表沙汰になりつつあるからです。

これはこれまでの流れを見てもあり得ることです。これまでも、加害が増えたと報告する被害者が増えると、その後に加害側に困るような事態が表沙汰になることが多かったように思えます。

集団ストーカーの加害側にとって困る事態が発生し、その動揺を隠すために被害者への加害を増やす・・事情を知らない被害者の人たちは最近なぜか加害が激化しているとコメントする・・今までも、こんな感じのことがけっこうあったように思えます。

ですから、近頃私の周りで変なことをいう変質者が増えたのも、南隣の家が一生懸命加担に協力しているのも、そんな動揺が背景にあったのかも知れません。

しかし、そんな行為はムダな足掻きです。集団ストーカー犯罪が公になるのは時代の流れですから。隠蔽しようとするのは時代の流れを一生懸命にせき止めようとするようなもの。早晩、力尽きて大きな流れに流されてしまうことでしょう。

また、個々の被害者に攻撃を加えて黙らそうとしても、そんなことでは気休め以外の何者にもなりません。仮に、仮にですが、全ての被害者が加害側に虐殺されたとしても、それでも集団ストーカー犯罪は公になることでしょう。そのとき、加害側の運命は?、加害に加担していた人たちの運命は?・・・。
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プロフィール

たなかまる

Author:たなかまる
ソーシャルストーキングの被害者です。春日部市在住。様々なテストの結果で確認できた現実のソーシャルストーカー(集団ストーカー)と嫌がらせを扱っており、思考盗聴等の奇想天外なテクノロジー犯罪や都市伝説的なものは扱っておりません。ちなみに、自分の目で見て、耳で聞き、足で歩いて実際のものを確認すること、現実・常識・良心を大切にすることがモットーです。